1985-03-28 第102回国会 参議院 社会労働委員会 第9号
とにかく当時掘れ掘れ石炭で私たちも、私はもう今は芸能界のOBですけれども、現役のころに、昭和二十二、三年でございましたか、炭鉱慰問でこの筑豊炭田地区など歩きますと、当時もう一般の御家庭にはなかったバターはあり、それから牛肉、豚肉、すべてそろうんです。そうして黒ダイヤの戦士という言葉で皆さんおだてられて、それで掘れや掘れや、ワッショイワッショイやっておったわけです。
とにかく当時掘れ掘れ石炭で私たちも、私はもう今は芸能界のOBですけれども、現役のころに、昭和二十二、三年でございましたか、炭鉱慰問でこの筑豊炭田地区など歩きますと、当時もう一般の御家庭にはなかったバターはあり、それから牛肉、豚肉、すべてそろうんです。そうして黒ダイヤの戦士という言葉で皆さんおだてられて、それで掘れや掘れや、ワッショイワッショイやっておったわけです。
露頭採掘というのは石狩炭田の一部にもあるし、あるいは天北炭田地区の中の羽幌、あの一帯の地域にもあるわけであります。これはもちろん炭鉱労働者の数は必ずしも多くはないわけでありますが、一定の露頭採掘炭は直ちに可能である、これによって需給体制に対応する国内炭の拡大という方向に一歩をとることも一策ではないのか。
それからもう一つの御指摘のありました油須原線につきましては、非常に複雑な線区でございまして、これは初めは筑豊炭田地区の石炭を周防灘のほうへ、苅田港に出すということでスタートを切った工事でございますが、そのうち大部分は国鉄時代に建設をしたところでございます。
九州について申し上げますと、最近の状態は、筑豊につきましては、いわゆる粕屋炭田地区と申しますか、福岡の周辺のところは、前々から工業立地が非常によろしいというようなことでもって、売れ行きが非常によろしかったわけでありますが、最近は北九州地区から南にまいりまして、直方周辺のところまでは非常に売れ行きがよくなっております。続きまして飯塚周辺にかなり企業の進出が最近は見られておるようでございます。
一般炭の産出量としては、他の炭田地区に比べて、九州、北海道の主要炭田は別でございますが、筑豊、石狩以外の炭田としては、非常に有望な炭田地帯なわけです。しかも御存じのように、北海道といっても釧路炭田と石狩炭田というのは、急行に乗っても六時間かかるわけです。福岡と長崎より遠いのですから、東北六県プラス新潟の面積があるのです。北海道の道東の端と道央ではずいぶん遠いわけです。
だから、そういう一つの新たなやり方でこの一万町歩の鉱害復旧をやれば、これが昔のように食糧あるいは果実、野菜等を生産することのできるりっぱな田畑になって、炭田地区の住民の明るさが大きく出てまいります。
それで炭鉱にとってかわる近代工業を炭田地区に建設しようというところから、炭田地区に工場団地を産炭地域振興事業団が造成をなしつつあるわけです。ところが、これは原価主義をとっているものですから、坪当たりやはり三千五百円も四千円もかかるというところがあるわけです。これをやはり北九州方面なり、あるいは関西方面なりから貝にくるわけです。
一点は、御存じのように、炭鉱のなくなったあとに炭鉱に取ってかわる近代工業を誘致しようというので、工場団地というものを炭田地区にそれぞれ相当造成しつつあります。ところが、これが坪当たり三千五百円あるいは四千円というような多額な造成費がかかる。
炭田地区の不安な気持ちを持っておる鉱害被害者に対して一つの安心感を与え、これがまた産炭地振興事業の基礎的条件を確立するということでもありますから、もっと鉱害復旧には積極的に取り組んでもらいたい。
特に、このうち、北海道の主要石炭鉱業地であり、かつ、合理化が最も集中的に行なわれました石狩炭田の地域は、石炭化学コンビナート、木材総合利用工業、あるいはセメント工業、化学肥料、石炭専焼火力発電所建設などの工業振興を中心にいたしまして、昭和四十二年の計画達成時の工業出荷額は八百億円、雇用想定が四千人、設備投資百十億円の計画となっておるのでありまするが、北海道といたしましては、この主要な炭田地区である石狩炭田地区
これは昨年の国会でしたか私が、この炭田地区に炭鉱にとってかわる近代的な工業を起こす、工場団地などをつくって起こさす、そのためにはやはり国の直営工場というものを一つでも二つでもいいから建設してやる、これはある意味において民間工場を誘致する上に一つのポンプの迎え水みたいな役割をするのじゃないか、そういう意味においてやってもらいたい、やられたほうがよくはないかということをお話しましたとき、池田総理も、それはひとつ
でありますから、各炭田地区を大臣みずから見に行かれるということもけっこうですが、見に行かれなければわからないということではなくて、おそらく私はもう大臣の耳にたこが寄るほど聞かされ、それからまた、書きものでもお読みになっていると思うのです。
ところが炭鉱地区に来られた関係大臣は、申し合わせたように、炭田地区に火力発電をつくるということを非常に強く言われ、そういう点から地元側ではかなりこれを喜び、期待をしておった。ところがその後電力会社から産炭地火力発電建設は反対、揚地につくるべきだ、こういう意見が非常に出てきまして、政府の方ではどうもしゅんとされたような形で、どっちとも軍配が振れないままきておるようでございます。
たとえば炭田地帯とかそれから南海地区、高知とか宮崎とか鹿児島というかつての沿岸漁業をやっておった地区、それから東北、こういうように、いわゆる所得のアンバランスというのが、太平洋ベルト地帯に所得がふえて、それから南海地区、炭田地区、東北地帯というのは所得が非常に少なくなってきておるわけです。太平洋ベルト地帯に集中して。
この件については、炭田地区の自治体が、炭鉱がなくなったあと、これにとってかわる新たな事業を起こして産炭地域を振興してもらいたいと、悲痛な訴えをいたしております。
○佐久参考人 石炭について、国が出資をした特殊会社で探鉱をするというような、そういう規模の大きな形では現在探鉱をやっておりませんが、新しい炭田地区のボーリング調査というものは、政府の年々の予算で現在でもやっております。ボーリングというのは、数量と同時に炭質の調査も入っておるわけでございます。
○伊藤(卯)委員 産炭地振興事業団が炭田地区に事業を起こすという場合には、いろいろありましょうけれども、特に福岡県の筑豊炭田地区というか、田川炭田地区というか、そういう地区に工業を起こします場合には、当然、北九州に膨大な工場、工業があるわけでありますが、これらとの関連を持つことが私は一番手っとり早いことではなかろうかと思います。
すなわち鉱産税、固定資産税等の主要財源の減収とは逆に、失業対策費、生活保護費等、特別の財政需要は増大する一方であり、特に筑豊炭田地区の自治体は最も悪い状態にあるのであります。
○伊藤(卯)委員 いま一点だけ質問をして終わりたいと思いますが、この産炭地振興法案を出さなければならなくなったということは、結局のところ、北海道を除く以外の炭田地区が、いずれも老朽老廃化してしまったということであります。従いまして炭鉱として栄えていた地区が、すでに炭鉱が老朽老廃して、残っておるものは鉱害とボタ山と失業者だけだ、こういうことになっておる。
そこで地方交付税で補うということになれば、また影響が他の市町村にも起こってくるので、そこらの点は相当問題が残るのであるというようなことなどを言っておるようでありますが、こういう点において炭田地区の自治体等に、相当やはり安心を与えるということも必要であるし、それから通産省が調査立案をしてくれるが、その結果一体どういう形で実際上建設されることができるのだろうかどうだろうかという問題等についても相当疑問がありますから
○伊藤(卯)委員 この産炭地域振興の調査実施期間を二カ年というようにいわれておるようでありますが、この二カ年というのは、全炭田地区をそれぞれ調査をされて、その上に立って、どの地域にどういう事業を起こした方がよろしいということの全部を完成した上に立っておやりになるというところから二カ年という、このかなり長期な期間を作っておられる、そういう意味において二カ年間とされておるのですかどうですか。
十七才のとき、一家とともに九州に渡り、やがて渡邊さんの第二の故郷となり後には選挙区ともなった筑豊炭田地区に居をかまえ、人生の道を開拓するため、さらにあらゆる苦難と戦った後、大正十四年に中島炭鉱に入社されるに至りました。渡邊さんは、日夜激しい坑内労働に従事しつつ、その志を伸ばすべく強固な意思を持って奮闘努力されたのであります。
そこでほとんどの古い炭田地区における大きな災害というものは、大部分が昔掘った古い坑内に水がたまっておる。それからまたガスが発生しておる、そういうこと等からよって起こっておる災害なんです。だから従ってその方面に真剣に取り組んで対策を立てられるなら、対策はあながち立たぬことはないと思っております。
この老朽炭田地区の市町村財政というのは、御存じのように鉱業税その他の税収が非常に少なくなってくる。そうすると自治体に残されるものは鉱害と失業者だけだ。これらの問題を解決するためには、自治体は非常に財政難でその処置に困っておるというのが、多く私どものところにも訴えてきておる問題なんです。
○伊藤(卯)委員 私の伺っておるのは筑豊炭田地区のことを伺っておるのです。従って福岡通産局が焼けたのを伺っておるのですが、二十年ごろですか、それは非常に違っておりはしませんか。